こんにちは、
よしおです。
リメンバー・マイ・ブログ14回目。
今回は、ウィーン生まれの指揮者ゲオルグ・ティントナー(1917-1999)。
この人は、ユダヤ系だったばかりに19歳でプロの指揮者として活動を始めた直後にナチの迫害を受け、命からがら逃亡の果てにたどり着いたのが、ニュージーランド。
生きるために様々な職を転々としながら、音楽への夢と愛情は冷めず、南半球やカナダなどで細々と音楽活動を続けて行きました。
そしてこの人の名が世界的に知れ渡るようになったのが、ヨーロッパを追われてから60年近く経った1994年頃。ナクソス・レベールの一大プロジェクト、ブルックナーの交響曲全集の指揮者に抜擢されたのでした。
その時ティントナー77歳。
その真摯で質素にして透明感のある演奏は、カラヤンの豪奢な演奏の対極にあったことから徐々に知れ渡り人気も上昇、来日公演の話も持ち上がりましたが、悲しいことに悪性の腫瘍に罹り、最期は意識混濁のなかの投身自殺だったそうです。
このティントナーの生涯を知った時、人生捨てたもんじゃないな、好きなことが一つあれば生きていける。でも、残酷さも持ち合わせているんだな。
やはり日々大切に生きて行くしかないと改めて思ったものです。
ブルックナー: 交響曲 第1番 ハ短調(1866年)(世界初録音)
ブルックナー:
交響曲 第1番 ハ短調(1866年)(世界初録音) ※ハースのクリティカル・レポートをもとにキャラガンが用意したリンツ旧版
交響曲 第3番 ニ短調 のためのアダージョ楽章
ゲオルク・ティントナー(指揮)、ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団
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